宇都宮地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決 1955年8月31日
原告 岡田与志江 外一名
被告 日本興業短資株式会社・宇都宮税務署長
主文
原告岡田与志江の請求は総てこれを棄却する。
原告高橋善平の本件訴はこれを却下する。
事実
原告訴訟代理人は請求趣旨として原告岡田与志江に対し被告会社は別紙第一目録記載の債権の不存在を確認し、被告税務署長は昭和二十九年五月十九日別紙第一目録記載の債権につきこれを五万円として為した債権差押処分を取消し、原告高橋善平に対し被告会社は別紙第二目録記載の債権の不存在を確認すること、予備的請求として原告岡田与志江に対し被告税務署長は別紙第一目録記載の債権の不存在を確認すること、訴訟費用は被告等の負担とする判決を求める旨申立て、其請求原因として原告高橋善平は被告会社に対し、(一)昭和二十八年六月二十日金一万円を利息月二分一厘満期同年九月二日(二)同年七月四日金一万円満期同年十月四日利息月二分一厘、(三)同年七月三十日金五千円満期同年十月三十日利息月二分一厘の約にて各預金した。被告会社は満期にその支払を為さないので、原告高橋善平は昭和二十九年二月十三日右預金元利金債権を原告岡田与志江に譲渡しその旨被告会社に通知した。ところが原告岡田与志江は昭和二十八年一月十九日被告会社より金十万円を借受けその後七万五千円を支払つたが、その残金二万五千円につき、昭和二十九年二月十三日前記譲受け債権を以てその対当額に於て相殺を為す旨被告会社に意思表示を為したので右二万五千円の債務は消滅したのである。しかるに被告税務署長は被告会社に対する原告岡田与志江の前記債務は五万円なりとして昭和二十九年五月十九日これを差押えたのである。この差押処分は消滅した債権を差押えたことになり取消さるべきである。仮りに被告税務署長の右差押処分を取消すことができないとしても、少くとも被告税務署長は原告岡田与志江と被告会社間の前記債務の不存在を確認すべきである。被告会社は譲渡禁止を云々するがさような特約はない。債権証書に譲渡禁止の主旨の記載があるとしても、それは被告会社が一方的に記載したもので何等の効力はない。譲渡禁止の特約があつたとしてもそれは満期後は譲渡を禁止する主旨ではない。以上の理由により本訴請求に及ぶと陳述し、被告等の主張を否認した。(立証省略)
被告会社訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告高橋善平預金の点、債権譲渡通知の点、相殺の意思表示の点は認め債権譲渡の点債権差押の点は不知その他は否認する原告高橋善平の預金債権は当事者合意の上譲渡禁止の特約が為されている。尚お被告会社は原告岡田与志江に対し昭和二十八年一月十九日金十万円を貸与したが一部弁済あり残金四万二千円と弁済遅滞に対する損害金八千円を加え五万円につきその支払に代え原告岡田与志江は被告会社に対し昭和二十九年二月十五日金額五万円満期を白地として振出地支払地宇都宮市支払場所宇都宮市西原町二八〇四番地とする約束手形一通を振出したのである。何れにしても原告の被告会社に対する請求は失当であると述べた。(立証省略)
被告税務署長指定代表者は原告請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中債権差押の点は認めるもその他の点は不知とし、右債権差押処分は毫も違法の点はない、右債権差押は被告会社の滞納税金徴収の為めに行われたもので、振出人原告岡田与志江振出日昭和二十九年二月十五日金額五万円満期白地とし振出地支払地宇都宮市支払場所宇都宮市西原町二八〇四番地なる約束手形上の被告会社の債権である。原告岡田与志江は被告税務署長に対し債権差押の取消を求めているが、岡田与志江は差押債権の債権者に過ぎないのであつて、被告税務署長は国税徴収法第二十二条により被告会社に代位して債権取立権を得たものであるので、原告岡田与志江は何等権利を侵害されてない。従つてこのような訴は許されない。仮りに許されるとして原告等主張の如く債権の譲渡があつたとしても被告会社の約款を以て譲渡は禁止されているのであるから、該譲渡は無効である。尚お予備的請求については被告税務署長は当事者適格はない。従つて原告の請求は理由がないと述べた。(立証省略)
理由
先づ原告高橋善平の被告会社に対する請求につき按ずるに、原告高橋善平は被告会社に対し別紙第二目録記載の債権不存在確認を求めるのであるが、この請求は元来通常訴訟事件であることは明かであるところ、原告高橋善平は原告岡田与志江より被告税務署長に対する債権差押処分取消の行政訴訟事件に関連するものとして提訴したものである。ところが行政事件訴訟特例法第六条の要件を具備していないことは彼と此とを比較すれば自から明かであるので原告高橋善平の本件訴はこれを却下する外はない。
次に原告岡田与志江の被告会社に対する請求であるが、原告岡田与志江は被告会社に対し別紙第一目録記載債権の不存在確認を求めるものであつて、被告税務署長に対する債権差押処分取消の行政訴訟事件とは関連あるものと考えるので、本案に入り審研することゝする。そこで原告岡田与志江は被告会社より昭和二十八年一月十九日金十万円を借受けたが、残金は二万五千円であつたと主張し、証人竹沢保三の証言原告岡田与志江本人の訊問結果によればこれを認め得るようであるが、真正に成立したと認める丙第二号証(約束手形)証人佐藤伊三郎同小林清男(第一、二回)の証言を綜合すれば、前記原告岡田与志江の被告会社に対する借金は残金約二万七千円のところ(貸金元金は二十万円)日歩三十銭の遅延損害金を加算して金五万円の債務を原告岡田与志江は承認し、この支払確保として振出されたのが丙第二号証の約束手形であることが認定できる。
しかるに原告岡田与志江は右債務は二万五千円であるとしこれは原告高橋善平の被告会社に対する金二万五千円の預金債権を譲受けこれを以て相殺したと主張するのである。仮りに原告岡田与志江主張の如く右二万五千円の譲受と相殺が有効に行われたとしても、被告会社に対する債務は前述の如く五万円であるので、原告岡田与志江の債務は残存することゝなる。従つて前記債務の不存在確認を求める原告岡田与志江の本訴請求は棄却される。
次に原告岡田与志江の被告税務署長に対する請求であるが、原告岡田与志江は被告税務署長は被告会社より原告岡田与志江に対する前記債務を五万円なりとして昭和二十九年五月十九日差押を為したと主張するのである。その主張の日差押を為したことは当事者間に争がない。しかし成立に争ない丙第一号証(差押調書)真正に成立したと認める同第二号証(約束手形)証人佐藤伊三郎同小林清男(第一、二回)の証言を綜合すれば、被告税務署長が差押を為したのは被告会社の原告岡田与志江に対する貸金債権そのものゝ差押を為したのでなく、右貸金債権の支払確保として振出された約束手形上の債権五万円の差押を為したものであることが認定される。原告岡田与志江は右貸金債権は既に消滅していると主張するも、そのしからざることは前認定の通りである。仮りに該債権が消滅していたとしても前記差押は手形上の債権の差押であり、その権利の存否が疑わしいとしても、差押そのものは実効を納め得ないだけで、その為めに差押が取消さるべき理由は毫も発生しないものと解する。差押を受けたものは該手形に瑕疵あらば手形上の抗弁を主張することにより差押の執行を争うことができる筈である。以上の次第であるので被告税務署長に対し前記差押処分の取消を求める原告岡田与志江の本訴請求は棄却を免れない。
最後に原告岡田与志江の被告税務署長に対する予備的請求であるが、原告岡田与志江は同人が被告会社に対し別紙第一目録記載の債権が存在しないことの確認を求めるのである。しかし右の如き債権不存在確認訴訟については被告税務署長は当事者適格を有しないものと解するので、この点に於て原告岡田与志江の本件訴は権利保護条件を欠くものとしてその請求は棄却されねばならない。
以上説明の通りであるので原告等の本訴請求は棄却され或は却下さることゝなる。訴訟費用は敗訴原告の負担とし主文の通り判決する。
(裁判官 岡村顕二)
(目録省略)